「体・心・技」

日々の健康は「足から」を考える。「言葉」で勇気づけしていく。

もう「我慢」はしない

「我慢」・・・

 辛いことを耐え忍ぶこと。

 こらえて許すこと。

 

みんな何かしら我慢して、普段生活して

いるのかもしれない。

 

でも、我慢はすればするほど後々

後悔するということを体験した。

 

以前までは

 

我慢 = 強い人

我慢 = 忍耐強い人

我慢 = 評価される人

 

と当時高校生だった私はなぜか

思っていた。

なぜだろう・・・

 

それは私の父でした。

私の父のイメージでした。

いつも歯を食いしばって我慢して

仕事をしている。

辛いことがあれば耐えて仕事を

している。

「なにくそ!」「根性だ!」

 

そんな父の仕事する姿を見てきた。

そして生活に不自由することなく

育ててもらった。

 

そんな父に感謝の気持ちと同時に

 

「そんな働くって苦しいことなのか、」

 

「社会人って辛いことばかりなのか、」

 

という気持ちがありました。

 

だから、社会人になるというのは

こういうことなんだ。

父が見本なんだ。

 

そう思って生きてきました。

 

高校卒業と同時に父の仕事を手伝い

だしてから24年・・・

私は今になって「我慢」に限界を感じて

しまったのです。

父が一代で築き上げてきたこの会社を

向いていないと感じながらも

何とか歯を食いしばって我慢して

いつか慣れると思って辛いことも

耐えて頑張った。

でも頑張れば頑張るほど、空回り。

「自分は何をやってもダメだな」

「結果を出せない使えないやつ」

とかなり自分を責めたこともありました。

 

それでもとにかく我慢して頑張る

しかない。

それがいつしか父への恨みへと変化して

しまったのです。

 

何か父に言われるたびに反対の意見を

言ったり、反抗したり、

 

このままでは良くないと思い、

父には正直な気持ちを伝えました。

「自分は会社を継ぐことができない」

「会社を辞めさせてほしい」と、

 

そのとき言われました。

 

父「自分も今まで我慢してきたけど

 もうお前が嫌いになった。」

 「もう、あきらめた。辞めていい。」

 

お互いに我慢をしてきた結果でした。

 

自分は親のためだと思って仕事を選んだ。

跡継ぎがいないからという理由だけで。

向いてないことはなんとなく感じていた。

でも我慢して仕事をしてきた。

正直毎日が苦しかった。

辛かった。

そして父の顔色ばかりを気にしていた。

 

父も同じように我慢をしてきたのだと

思った。

でも、

 

「お前は息子だけどもう嫌いだ」と

ここまで言われるまでになってしまった

のです。

 

そのとき、ショックというよりは

自分が我慢するほど、周囲の人たちにも

我慢させているのだなと感じました。

 

だから、これからはもう「我慢」しない

で生きていこうと思います。

 

 

もう、がまんしない。~「自分らしく」生きる練習

もう、がまんしない。~「自分らしく」生きる練習

 

 

 

今日もありがとうございました。